
に︑効果的に﹂﹁全世界の政府を合せたものにも比す﹂べき迫力を
以て﹁人間性の尊厳の弁護者﹂となったことを認識し賞讃する(695)︒
ソーロウによれば︑暴君とブラウンと何れがゆずるか二者択一の問
題に当ってブラウンは断乎ゆずらず︑主義に殉じ︑主義を守り︑死
を賭したのである(702)︒それが他の改革者と彼のちがう点である︒
この態度はソーロウのものでもあった︒ソーロウはブラウンと比較
するとき︑いわば正義の思想家と正義の実践者という区別があるが︑
ソーロウにとって単なる思想家は存在せず︑彼はブラウンの思想的
讃美者であるとともにやむにやまれず弁護に立上った︒
最後に︑ソーロウはここでもエゴセントリズムを全く離れたとは
いい得ないであろう︒この作品はブラウンの経歴の叙述から始まる
が︑それは︑﹁率直に言動し︑⁝⁝気紛れや一時の衝動にまけず︑ど
こまでも一生の目的に邁進した﹂ところの﹁何はさておきトランセ
ンデンタリスト﹂(686)であったブラウンを明かにするためのものと
して︑この生い立ちにふさわしくブラウンが行動したことをいうの
である︒そのことは大半ブラウンと重なり合いながらもソーロウ自
身﹁自己流に行う﹂という主張となる︒それが弁護という行動で︑
彼はブラウンの精神は判る(702)といって実力蜂起の踏襲をいわぬ︒
しかもここで彼はさし当り北部特にマサチゥセッツ州を中心に問題
を扱う︒マサチゥセッツ州は第一︑奴隷逃亡防止の共同監視者の一
員としての責任がある︒第二に︑ブラウン蜂起を鎮圧した海兵の一
部を派遣している責任がある(700)︒だからこそ﹁北部人にとって
も﹂﹁ブラウン大尉を絞刑に処さなければ︑身の安全が期しえ﹂ず︑
﹁どうしても必要なので﹂ある(705)︒彼ははげしく北部特にマサ
チゥセッツ州の責任を問う︒さらに進んで人間奴隷制にまで問題を
深化させた彼は﹁悪徳の結果たる活力の欠乏︒⁝⁝恐怖と迷信と頑
迷と迫害と︑そしてあらゆる種類の奴隷制度﹂(691)が生じ︑民衆
﹁の中に︑周囲に﹂ひろがり︑﹁彼ら以上に高尚な動機で動く人を考
ええなく﹂なる︒そのような人々がブラウンを正気でないと公言し
てもソーロウは﹁よそよそしさ﹂しか感じない︑というのである
(692)︒そこでさしあたりこの北部の人間奴隷制を対象として︑ブ
ラウンをその道徳的復興者と考える︒ブラウンはその行為と言葉に
よって復興を生み出した︒﹁それはすでに︑北部の微弱な脈搏をつ
よめ⁝⁝今までなかったほど︑寛容な血液を北部の血管と心臓に注
入した﹂(704)︒よく死んだブラウンは﹁不滅の生命となり﹂(706)世
俗的な意味での︑彼の事業の成否は問われない︒のみならず処刑以
前のブラウンを処刑必至︑とソーロウは書き︑光の天使としてキリス
トにも比肩さるべきブラウンを強調している(706)︒そしてソーロ
ウはブラウンが奴隷制問題の解決について人々に訴える言葉を以て
結ぶのである︒ただしブラウンが南部の人々だけに訴えたのに対し
てソーロウは︑北部をもふくこめ﹁この国から奴隷制が姿を消すよ
う﹂にすべての民衆・政治家が即時とりかかるべきものとした(707)︒
ここでは北部特にマサチゥセッツ州こそまず奴隷制との絶縁を示
すべしとか︑その手段としての個人と州との絶縁︑納税拒否とか︑
官吏辞職とかについてはいわれていない︒ブラウン讃美への集中と
それによる世論是正︑その意味での抵抗が中心課題である︒それは
一方でトランセンデンタリストたるブラウンの讃美であり︑その道
徳的復興に対する影響力の評価であるが︑他方において民衆に対す
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